2012年5月

アート、ビジネス、日常

アートの元始は
「溢れ出る 言葉に出来ない叫び のような
染み付いてとれない 滲み出る体臭 のような
意図したかどうかもわからず こぼれ出た体液 のような」(まぁ過剰!)
そんな自己表現だと思う。
ある人はそれを絵に、ある人は詩に、ある人はギターをかき鳴らして歌う。
誰かに見て欲しいとか、共感して欲しい、認めて欲しいなんてことは次の話で
まずは「出ちゃった」もんなんじゃないかなと。

抑えられない自己表現を、ギターとビートに乗せて叩きつけたのがロックだとすれば
ロックも立派なアート。

対してロック(を含む多くのアート)には大衆を巻き込んだビジネスの側面もある。
表現が多くの共感を得れば糧となり、富や名声を得ることも可能だ。
純粋な自己表現だったとしても「表した」ということは
二次的でも他者の共感を求めることになるのも自然だ。
できれば多くの、熱心な理解を望むようになっても不純だとは思わない。
ただ他者の理解を望み、何を求めているか?求められているか?ということにとらわれると
一義を見失うことになるかも。

さらに言えば音楽は、酒盛りで歌うように、祭囃子や子守唄のような
もっと当たり前に日常に在るもの、もっと気楽なものでもある。
(子供は絵を描くのが好きだ)
産業ロックなんて言われ方をするバンドもいる。
私は否定しない。むしろ大好き。
彼らはもしかしたらアーティストではないかもしれない。
ただ大衆が求めるものを見事に作り上げる敏感な感性と表現の方法を持つ
優秀な技術者であることは間違いない。
一義がどこにあっても、多くの人に親しまれるものが生まれることもあるし
そういうものには何かしら計算外の「力」が働いているようにも思う。

前回のブログに通ずる部分もあるが
売れ線、コマーシャル、なんて評価はマイナスになることもある(ロックの)世界。
「売れ線に走りやがって!」なんて簡単に言うけど
ホントにヒットする曲ってその気になれば誰でも、いつでも書けるってわけじゃないと思う。
売れることが全てではないけど、売れたことは悪いことじゃない。
あと、熟れてるのもかなり好き。

私のように趣味のレベルでバンドをやっている人たちでも、ライブなんかになれば
「自分が楽しんで演るのが先。ステージで楽しく演っていればお客さんも楽しいはず」
と思う人もいれば
「お客さんに楽しんでもらうことが自分の楽しさにつながる」
と言う人。
「評価は関係ない、やりたいことをやるだけ」
って人までいろいろです。

観客に合わせることを
「サービス」ととらえるか「迎合」と感じるか。
やりたいことをやってるだけのはずが、大きな共感を得ることもあれば
ただのマスターベーションと一蹴されることも。
ジレンマでもあるが、両立できないわけでもない。

ボノは「妥協は汚い言葉じゃない」と言ってます。

最後に
自分がその通りに出来ているかはともかく・・・
私の職業、飲食店での仕事は完全にサービス業です。
全てをお客さんに合わせるわけではないけど
お酒、食事を提供し 「お客さんが喜んでいることが自分の楽しみ」です。
飲食業で身を成すことを志す若者!そこの君!
プライベートとは言え自分が真っ先に楽しんでいるようではダメだ!
最後は内輪の話・・・あしからず・・・。

 

こだわりは身を滅ぼす?

例えば在京人気球団Gの熱狂的ファンの人がいたとします。
Gマニアですね。
勝った負けたで気分が変わるなんて当たり前。
Gが勝てばそれで良いんで、他球団の良い投手とか「ケガしちまえ!」みたいな。

私は在京弱小球団Bを応援するマニアではない普通の野球ファン。
マエケンにノーヒットノーランされれば腹立たしいけど
他球団といえど球界を代表する選手の活躍は素直に喝采。
できれば相手がBじゃない時に頑張って。

日本シリーズはどっちが勝つにしても4勝3敗が良い。
その年リーグを制したチーム同士の頂上決戦。
良い試合になることが多いし、良い選手も多い。長くみたい。

それがマニアになると、ご贔屓のチームが出てないシリーズは観ないなんてことに。
出たとしたら、4勝でスイープが良い。
(私は万が一Bが日本シリーズに出たら、4勝2敗ぐらいで日本一が良い。)

何が言いたいかというと・・・
「野球」を楽しめてないと思うわけです。
1野球チームの熱狂的ファンであるがために、野球そのものを楽しめない。
矛盾・・・。

そういう熱狂的な人たちを否定しているわけじゃない。
それだけ熱くなれるものがあるのは羨ましいことです。
強いこだわりがあるからこそ、それを満たしたときの充実感は
強いこだわりを持たない人には味わえないものかもしれない。

ただ
熱すぎる思い入れが自分の首を絞めてることがあるように傍からは見えることがかもね~
(あー回りくどい)
って感じか。
こだわっちゃう性格も変えられるもんじゃないしね。

というわけで、今回は前回の話を野球マニアを例に補足してみました。

こだわりは身を助く?

ヘヴィーメタルが80年代を中心にセールス、社会的影響力なども含め大きなムーブメントだったとは言え、やはり主流でないのは確か。
そういう音楽を選んで聴いてる私達のような人間には多かれ少なかれどこか「ひねくれた」部分があるように思う。
別の言い方をすれば、探究心やこだわりが強いってことでしょうか?

凄く好きなバンドがあまりポピュラーになり過ぎると、ちょっと複雑ですか?
(売れる前までは「こいつらはもっと売れてもいいはずだ!」なんて熱く語ってたりして)
メタルが大好きだからこそ、その枠を超えてそれこそ主流になったバンド(例えばBon Jovi)は
否定しがち?

隣で知らない人が好きなバンドの話をしてたら
すぐ友達になりたい?
お前ほんとに知ってんのか?なんてちょっと壁作ったりして?

「アメリカナイズドされた」「大衆受けする作風」なんてのは概ね否定的評価。
(ホントに完成度の高いアメリカナイズドされた作品はあまり無いからかもしれませんが。)

好きだからこそのこだわりが、いささか偏屈になることも・・・。
「あのバンドはあのアルバムで終わった」なんてセリフ良く聞きます。
(Metallica のブラックアルバム以降が好きな人は大抵古いアルバムも聴くんじゃないでしょうか?逆にこだわりの強いオールドファンは3、4枚目まで。どっちがより良いファンなんでしょう?)



皆評論家。
こだわりが強いとこだわりに副わないものは否定しちゃう。
こだわりが強い人と熱く語るのは楽しいですが、相手が好きなものを否定するなら
相応の礼儀が必要です。(自戒も込めて)
好きだからこそ、微妙な違いが許せないなんてことも。
知らない人からしたら、全部一緒に見える、聴こえるでしょうね。
「あのバンドはあのバンドの二番煎じだ」とか・・・。
 

若い頃は大した知識もないのに、ただただ熱過ぎて
「ヘヴィーメタル以外の音楽なんて認めない!」とか思ってました。
そのくせ許容範囲が狭いので、ちょっと趣味に合わないとろくに聴きもしないで否定。
「このヴォーカルの声が馴染めない」とか・・・。
歳を取ったら、無駄な熱も冷め、許せることも増えた。
ただ、さらに頑なになる部分もありで何かを否定・・・。

 

例えば「メタルなんてクソだ!」なんて言う外敵がいれば一致団結するかもしれない。
そうでもなければ小さいコミュニティーの中であーだこーだと対立したり・・・。

メタル好きに限った話じゃないですね。
とにかくマニアって人たちは大変です・・・。
熱さがエネルギー。こだわりは大事。あって当たり前。全く無かったらつまんない。
ただ強すぎるこだわりは自分の首を絞めることに・・・。

久しぶり・・・料理の記事。

120517_193548.jpg冷麺はじめました!

冷たいスープに浸したタイプと
唐辛子味噌に和えたタイプ(ビビン麺)の
2種類ご用意しました!

これからの季節
締めの一品にはもちろん
サラダ感覚でつまみの一品にもどうでしょう?

ミニ冷麺
ミニビビン麺
500円 (プラス150円で大盛り


そういえば
前回の記事
GFW は  Go For Win じゃないか?と突っ込みが入りました。
そんな突っ込みをいつでもお店でお待ちしています!

小ネタ

BGM Be Aggressive / Faith No More

自転車に乗っていたら・・・
ジャージ?スウェット?運動用っぽいズボンをはいた男性が前を走ってた。
そのお尻のあたりに
「G F W ★」
とデザインが・・・。

GFW・・・???
グレープフルーツ、ワイン・・・
ガールフレンド、W・・・
なんだろう?

一応の結論は
「Go  Fight  Win」
それっぽい!
BGMも頭に浮かんできた。
久々のBGM紹介付ブログでした。

憧れ。

突然ですが「数学」が出来る人に憧れる。
ただ数学が出来る人って、出来ない人の気持ち(なぜ分からないのか)が分からないから
数学の教師で数学を教えるのが上手な人っていないような・・・。
自分の努力が足りないのは棚にあげつつ、数学に挫折した要因に上記の理由は大きいと思う。

ってことは、ただ数学が出来るだけじゃなくて、その知識や能力を面白く紹介してくれたり
説明してくれたり出来る人に憧れるのかな。

「説明」する能力って単純に勉強が出来るのとは別の能力ですね。
「面白い話をする」には専門知識以外にも言葉の知識も必要だし、コミュニケーション能力が必要。

もやい結び?とか?
「結び」のテクニックとか使いこなせちゃうのもカッコイイな。
用途に応じてちゃっちゃと。サバイバルに順応できそう。

短距離が速いより、長距離走れるほうに憧れる。
ガシガシと疲れ知らずにいつまでも走れます、みたいなのが強そうで良い。

将棋が強いとか、マジシャンも良いな。

強いものに憧れるのは生物として当然の本能か?
知的なもの、美しいものも結局は「強さ」に繋がるかも。

「努力に優る才能なし」なんてことを言いますが、まさにそう。
結果として手にした「能力」に憧れるのはもちろん、その裏側にある「強い精神力」に憧れる。

音楽の話ならドラマーに憧れるなー。
コレ、なんでかって説明しようとすると凄く難しいんだけど・・・
一応バンドでヴォーカルとギターをやっている身としてはもちろん歌もギターももっと上手くなりたいですけどね。

う~ん。
今回のブログはいまひとつだ。
書きたいことがとっちらかってる。
内容がないよー・・・駄洒落オチ・・・。

 

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