2016年6月

例えば・・・LOADが好き

誰かが言った意見にまっすぐ「共感」できたら気持ち良いですね
例えばそれが
「Metallica のアルバムなら Master Of  Puppets が好き」
という多数派の意見じゃなく
「Load が好き!」
なんていう少数派の意見での共感ならより価値を感じるかも
あ、私はパペッツが好きです あくまで例です。

最初から共感できなくても、解説、理屈を聞いて納得 ➡ 共感
となることもあるかも。
共感は一つじゃないし、矛盾する共感もあるかも。


その意見を言ったのが「誰か」によっても
共感する、しない、共感までの時間が変わることも
前提に信頼がある人の意見と、そうでない人の意見とでは
同じことを言っていても
とらえ方は大きく変わることもあるでしょう。

または自分の心身状況によっても変わるかな
イライラしてたから素直に聞けませんでした
みたいなこと。

また家族でも恋人でも先輩でも
大事にしたい人の意見なら
まっすぐ共感できない意見だったとしても
合わせる、無理に合わせる、尊重するうちに
共感に変わることもあるかも。

人は曖昧な生き物 
漂う雲か 川を泳ぐ魚
変わっていくもの

自身の感覚ですらあやふやなのに
他人との関係なんて脆く儚いもの

もちろん変わらないこともありますが!

いろんなことをおしゃべりして
次から次へ感覚を共有できるような相手がいたら
それはとても貴重な存在。
そんな人とはそう何人も出会えないでしょう
そんな方々とはできれば長くお付き合いしたいものですが
そんな関係ですら状況は刻々と変わっていく。
「あたいそんなあいてにあいたい」

(回文。嘘。回文風ダジャレ。にもなってないか・・・)

でも先に書いたように
共感にも共感っぽいとか、ほぼ共感とか、共感したふりとか
勘違いとか、時間が経って感覚が変わるとか
いろいろあるんじゃないでしょうか?

自分の分身みたいな感覚を持つ他人なんていないんじゃないかな?

ここまで前置き(えっ?長い!くどい!)

じつは大切なのは先にちょっと出した「尊重」の方なんじゃないでしょうか。
「意見、感覚は違うけどそれはそれとして認める」ってこと。

うまくまとめた風ですが・・・
イマイチだな。
尻つぼみ感を恥ながら終わらせましょう・・・。

「人は」なんて一般的な話にせず
「私は」と限定したほうがむしろ共感されるものかもね。

凄いデザイン・・・


image2.JPGのサムネール画像

お客さんが見せてくれた Dirkschneider のTシャツ・・・すげー
この顔ならある意味アートだ・・・ これは着れるかも・・・

以前PVでウドのアップが延々と続くものがあると言うネタを書いたことがあった。
ご自分のお顔お好きなんですかね・・・ 
それともご自分のお顔がアートだと自覚してるのか・・・

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